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誤解してはいけない。教育勅語とは、明治憲法下の天皇を護るべきとする文書なのであって一般論を説いている文書ではない事を知れ。

 投稿者:青トマトメール  投稿日:2017年 4月 5日(水)23時59分52秒
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  https://yoshinori-kobayashi.com/12829/

やむ無くではあるが、小林よしのり氏の評論を取り上げることにしました。

教育勅語について、数日前の投稿において、その不備な性格、いい加減性(イカれた信者は怒るだろうが)を指摘しておきましたが、

そもそも、この文書の最大の問題点は、明治憲法とワンセットになった文書であって、

明治憲法体制を護るためのものであるということなのです。

ですから…いいでしょうか…しっかりと歴史的に論理的に考えて下さい。

マルクスがドイツを批評したような具合の日本の知的有り様では困るのですよ。

この勅語は明治憲法発布の直後に発せられているのです。

そして、戦後憲法の時代になるまで働いていたのであって、

歴史的生命を終えているのです。明治憲法と共に。

ちなみに、日本書紀と古事記も歴史的生命を終えている書物であ里、一歴史的体制の為の書物なのであって、決して「日本の聖書」と考えるべきものではありません。

教育勅語は決して「一般論」の古典ではないのですよ。

したがって、当然ながら、この文書で護るべき天皇とは、明治憲法下での地位の天皇です。

それは、絶対王制や専制君主に類する地位に担ぎ上げられた「地位」であり、本来の精神的権威により“統べる”天皇の地位ではなく、むしろ天皇をその下位に無理矢理に押し下げるものであるのです。

例えれば、会社の社長を部長の地位に押し付けて、配下の社員達の行いの責任をこの部長に押し付けるものであるのです。

このような体制を造り上げた明治維新の実行指導者達には、天皇も国家権力も権力行使も解ってはいなかった素人集団の群れであったと考えざるを得ないのです。

そのせいにより、この勅語も明治憲法も外国の行使する軍事暴力で壊されて命を絶たれたのです。

ところが、素人政治を脱せられない日本人が、再びこの二つを復刻したいとするのです。

それをやると、再び、明治体制の失敗を、自分で直せなくて、外国暴力で壊してもらう事になりますね。

だから、マルクスのドイツ評を引っ張り出すまでもなく、夢見心地でボーと考えてる、と見られても仕方がないでしょう。

教育勅語は一般論として「天皇を護れ」とか「道徳的行いをせよ」と説いているのではないのですから、いつまでも従うべき道徳論の文書ではないのです。

小林よしのりさんや籠池親子さんは思い違いをしています。

勿論、アベ達や日本会議もそうなのです。

どうして?こんな間違いが生ずるか?

これ、具合悪いですよ。

天皇の御意向を無視する反天皇の行いを自らに招くだけでなく、自分達自身の国家運営の自治において物事の論理をわきまえない出鱈目のその場限りのやっつけ仕事を繰り返す近代日本を永遠に脱する事が出来なくなるのです。

間違いの理由です。

例えを出しましょう。

「賞味期限世代」という言葉をご存知でしょうか。

現在の殆どの人が当てはまり、私達の世代もかなりこれに傾いていますが、

賞味期限が切れたら…捨ててしまうだけとする考え方と行いの他に対処方を知らないというものです。

かつては賞味期限表示なんかなかったので、経験で危険性を感知していたのです。

賞味期限とは目安ですから、過ぎた食品は発病を必ず招くとの表示ではありません。

しかし、この表示を全社会的に提示されると、それに頼って、慣れて、当たり前のものと自分で勝手な解釈をそれに付与してしまうのです。

ですから、厳密な理解が必要なのです。

それをしないから、ボーとして考えてる、と言われるのです。

賞味期限の意味を知っていれば、直ぐに捨てるだけでなく、残飯処理で家畜とか動物の餌とか肥料とか、何とか有意義な処理法を考えるのですが、知恵なくポイ捨てする有り様は痴呆じみているではありませんか。

例えとして賞味期限を挙げましたが、

このように、与えられた言葉としての意味を背景を知りつつ扱う事が必要なのです。

戦前において、教育勅語は小学校教育において、上から教え込まれたので、その徳目に感動した国民は感激が消えないのでしょうが、この感激自体は自然なものでしょうが、それだけでは全くまずいのですよ。

近代日本で教育は国民の行いとしてされては来なかったのでこうなったのです。

天皇の権威を利用して事をなしての権力行使に国民は従わされてきた。

これは、極めてイージーな遣り方だ。

だから、無能で馬鹿な残党は、この遣り方にすがり付こうとして虚しい努力をボーとした頭脳で繰り返す。

従わされた国民は、与えられたものを、背景を知ろうとする知的訓練も動機も持たないから、一般的知識として受け入れる。

これは駄目。

何事も背景と経過と結末があるのだから。

平板な物だのは在りはしない。

平板ならば人は永遠に年をとらない。今のままで赤ん坊は成長せず若者は年を取らず死なない

思い違いは滅亡か死滅を招くだけ。
 

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