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紹介。高橋源一郎氏の「 教育勅語」現代語訳。文語文の深さを口語では表せないが、何が書いてあるのかを知るには役立つので。

 投稿者:青トマトメール  投稿日:2017年 4月 6日(木)04時41分35秒
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  https://togetter.com/li/1090802

若い人には原文は読みにくいでしょう。

私たちでも戦後世代なので馴染みが文語文にはなくて、若干の苦労があります。

しかし、文語文は含蓄が深いので、ぜひとも苦労してでも原文を読んで理解して頂きたい。

その上で、私の先の投稿での指摘を考えて頂きたいのです。

この勅語に入り込むには文語文への抵抗があるでしょうから、現代語訳を探しました。

自分でやればよいのですが、正直なところ、こんなことにエネルギー消費も自分としては浪費と考える。

それで探したのですが、のめり込んで惚れ込んでのイカれてしまっている立場からのものでは、正常公平理性的な理解の邪魔になると考えました。

そこで、目に止まった高橋源一郎さんの軽妙な訳が気に入って採用させて頂きました。

お人柄、お顔に似合った作品であり、なかなか気に入りました。

どういった事が書いてあるのかを知るには好都合な訳でしょう。

軍人勅諭は、西周(にしあまね)の筆によるものでありまして、含蓄深い名文です。

これは、明治憲法よりも先に出されていて、西南戦争での明治体制が確率する前のクーデター政権の分裂危機においての軍人間の心の動揺に対処する必要性が生じた事が造られた理由に挙げられています。

明治憲法と同じく尊皇思想で語られています。

天皇御親政思想によっての天皇を護るべき軍人としての立場が、明治憲法発布後において、絶対王制的または専制君主的な地位に擬制的に閉じ込められた天皇を護るべき立場とされました。

そこには微妙な違いがあり、後の天皇機関説を巡っての軍隊内の争いの元となったのではないかと考えるのです。

天皇御親政思想は、もともと無理なのです。

天皇と国政とは職務が違うのですから。

この勅諭は明治憲法を護る軍人の倫理規範とされたのですが、その歴史理解は、到底、現在の歴史認識に応えられるものではありません。天皇の起源と武士の発生についての認識が幕末時点での限界を示しています。

教育勅語も天皇の起源への認識について同様なのです。
 

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