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追加

 投稿者:風太  投稿日:2018年 4月 9日(月)01時40分12秒
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  先ほどの中嶋先生の指摘の後半の部分の紹介を誤まって欠落させていたようなので追加紹介させていただきます。ここが実は大事な部分です。

>第二に、文部科学省は、「何を知っているか」ではなく、「何のために学ぶのか」こそ重要だという考えに立って、
>知識・技能、思考力・判断力・表現力等、そして学びに向かう力や人間性など、これらを総合的に育んでいく必要があるとしています。
>そして、こういった力は、主体的・協働的な問題発見・問題解決を経験することによって磨かれるとして、
>各教科の指導方法として「対話的で深い学び」、アクティブ・ラーニングを取り入れるよう求めています。

>日本の学校教育が知識・技能の習得に力点をかけすぎて、児童生徒が疑問をもち、その解決のためにじっくり考えることを軽視する傾向にあったということには、おおむね異論はないでしょう。
>大学入試でも、思考力よりも記憶力を問うような設問が少なくありませんでした。
>これを改めることには賛成したいと思います。

>論語に、「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」という言葉があります。
>知識・技能の習得に偏重した学習・教育では、自分が向き合うべき現実を的確に把握することはできず、知識・技能を活かすことも難しいでしょう。
>逆に、先人が築いた学問の成果から学ぶことなく自分の考えを展開するだけでは、物事の真実から遠ざかってしまいかねません。
>先人の成果から学ぶこと、そして自分自身が直面する現実に照らして考えること、いずれも深い学びにとってたいせつなことだと思います。

>ただ、ここで注意しなければならないのは、何を学び、何を考えるかということです。
>人は、自ら学んだこと、自ら考えたことによって、自らの人格を形成します。
学ぶこと、考えることは一人ひとりの人格の表現であり、何を学び、何を考えるか、つまり「何のために学ぶか」は、
その人の個性、価値観、生き方に直結しています。
>ここで気になるのは、新学習指導要領では、すべての教科を通じて道徳教育を推進するとしていることです。

何を学び、何を考えるかの指導を名目に、生徒に特定の価値観や生き方が押し付けられることがあってはならないと思います。


要するに、安倍政権下、文科省は生徒の主体性のある人格形成を重視しているようにみえて、実はそこに道徳的価値観を取り入れる事により、

生徒にその価値観で物事を判断する様な、為政者に都合の良い人格形成をなさしめようとしているのではという事なのです。

この何のために学ぶかの何のための部分に、お国の為としたのが戦前の国体思想下の日本の教育でした。

文科省の新高校学習指導要領とは、つまりは個々人の個性、価値観、生き方という主体性を育てようとしているのではなく、

そこに道徳的価値観、つまりはお国の為→愛国の価値観を生徒に植え付けようとするものではということです。

そしてその疑念はおそらく正解だろうと思います。

なぜならば、現行科目の現代社会では触れられていた基本的人権の保障と平和主義が、新科目公共では見事に外されているからです。

そして公共の指導目標は、生徒が自国を愛するようになることなのです。

この愛国心の指す国とは、故郷や地域社会を基盤とした実態のあるものではなく、戦前の国体という思想概念であるのではと私は思います。


こんな事を容認してしまったら、日本は国際社会では通用しなくなると思います。
 

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