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オウム13人死刑囚の大量処刑について。二発の原爆投下日とポツダム宣言と数字13が絡む出来事と考えられる。呪術が絡む出来事

 投稿者:青トマトメール  投稿日:2018年 8月 3日(金)02時04分32秒
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  さて、この問題を書くに当たって、どのように書けば御理解が頂けるのか?

と、大いに迷いましたね。

いつまでも迷っていても時間が経過するだけですから、今日は極めて暑かったこともあり、ようやく、書こうとしたわけです。

論理的・説明的に微に入り細に亘って書くスタイルが私の好むところなのですが、それでは、このような神秘主義的テーマについては読者の方々からは敬遠されてしまうことが考えられるので、

そのスタイルは止めて、

箇条書き的に問題点を提出する書き方を採ってみました。

さて、第一回の処刑は7月6日でした。

この日は広島への原爆投下日のひと月前の日にあたるのです。

二回目の処刑は7月26日に行われました。

この日は、ポツダム宣言記念日だったのです。

ポツダム宣言記念日とは、どう言う日なのか?

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%dd%a5%c4%a5%c0%a5%e0%c0%eb%b8%c0%b5%ad%c7%b0%c6%fc
7月26日の記念日。1945年7月26日にアメリカ合衆国、中華民国及びイギリスの首脳が日本に無条件降伏を迫る「ポツダム宣言」がドイツのポツダムで発表されたことに由来する。

さて、ポツダム宣言の実行として、原爆投下が行われたのです。

ポツダム宣言を見てみましょう。

http://home.c07.itscom.net/sampei/potsdam/potsdam.html

13項目ある内の第3と第13が原爆投下を予告するものです。

三 蹶起セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ對スルドイツ國ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本國國民ニ對スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ 現在日本國ニ對シ集結シツツアル力ハ抵抗スルナチスニ對シ適用セラレタル場合ニ於テ全ドイツ國人民ノ土地産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廢ニ歸セシメタル力ニ比シ測リ知レザル程度ニ強大ナルモノナリ 吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本國軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本國本土ノ完全ナル破滅ヲ意味スベシ

十三 吾等ハ日本國政府ガ直ニ全日本國軍隊ノ無條件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適當且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ對シ要求ス右以外ノ日本國ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス

という事で御座いまして、6日の処刑日と26日の処刑日が共にポツダム宣言に絡む日であり、

この二つの日を意図的に選んで処刑したと私は推測しているのです。

処刑日については、6日の数日後の9日にも予定していたのではないかと、考えています。

9日は長崎に原爆投下がなされた日の一月前なのです。

その予定でいたが、6日から7日に西日本で大水害が起きたので、対策と視察が必要となって、9日の処刑は取りやめざるを得なくなり、それにより、26日を選んだのかもしれない。

そうであれば、元々、二回に分けて処刑する計画であったのではないか。

それとも、6日と9日と26日の三回に分けて行うつもりが、9日だけが流れてしまったのではないか。

どうして、6日と26日を選んだかについては、理由がある筈なのだ。

本当は、8月の6日と9日に処刑したかったのであろうが、もしも、二つの原爆投下日に処刑すれば、流石に鈍くて思考しないのが常の日本国民達もアベ政権に不気味がって、怒りの渦が巻き起こるだろう。

「なんで、原爆投下を悼んで犠牲者に黙祷を捧げる日に人の命を大量に奪うんだ!」と国民は怒るだろう。

それで、二発の原爆投下日に向けて処刑をする…生贄を捧げる…事を隠す目的で一月前に行ったのではないのか。

26日の記念日が解き明かす「鍵」となっているのではないのか。

さて、ポツダム宣言には数字の13がよく使われているのです。

宣言は13項目で全部が構成されています。

記念日、つまり発せられた日が26日で、これは、13の倍数なのですね。

さて、13は凶数であると通説では語られていますが、それは、本当は逆なのではないでしょうか。

私の生活体験では13日の金曜日は喜ばしい事が多く、不幸な出来事に私は遭遇していません。

むしろ、13は吉数でしょう。

ポツダム宣言は吉数として13を知った上で、採用していたのではないでしょうか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/13_(%E5%BF%8C%E3%81%BF%E6%95%B0)
13 (忌み数)

上のウィキペディアで、詳しく紹介していますが、

米国の独立時の州は13であったのですが、南北戦争においての南部独立を目指した州もこれまた13州であったのです。

と、書き進めて来ましたが、

では、一体誰が、何故、ポツダム宣言と原爆投下の日に、敢えて大量処刑をぶつけたのか?

アベ首相と取り巻きの一派の思惑であれば、それは、以下ではないのか?

ポツダム宣言と原爆投下により戦前日本は敗北した。これらの日を処刑で汚す事により、

敗戦を無効とするべく蹴り飛ばし、戦前体制への回帰を目指す事を暗に表明する。

これは、勿論、不人気の政権の人気回復に処刑を歓迎する大衆心理を悪利用する背景的必要性があっての事ではあるのだが。

ポツダム宣言と原爆投下を大日本帝国が必然的に招いた破綻的出来事と捉えられない彼らにおいて有り得る事ではないのか。

別の解釈として、

日本を現在進行から数年先の必然的第二次敗戦へ導こうとしている外国勢力、これが、アベ政権を利用しきる為に、盛り立てて来ていると考えられるのですが、

彼らが、アベや取り巻きや又はアキエに囁いたのかもしれない。

「人気回復の為にオウム死刑囚達(この人数もまた13人)を処刑しなさい。日にちは、6日、9日、26日としなさい。れらの日に執行すれば、幸運になりますよ」なんて呟いて、

又は信仰にかぶれているアキエ辺りに囁けば、アキエはピュアだから飛びつくでしょう。そして、アベに進言するのです。

又は、アベを取り巻く法務(法無)官僚達に、「これらの日が良いでしょう」と囁く。

グローバリズム信仰宗教にかぶれたイカレポンチの脳粗鬆症を受験教育時代から患って今や不治の病に侵されたところの彼等高級官僚達は、コロリとその囁きになびいたかもしれない。

この場合は、6日と9日と26日を選んで、アベ政権の延命に役立てるのは、日本を破綻の本土決戦に引き込んで、第二次明治国家敗戦に導く事を暗示するものではないか。

どちらが本当か? 又は、二つの合体で二つの意味を持つものなのであろうか。

後で書き足らないものに気が付けば、書き足します。
 

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