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日本書紀は当時の中国王朝であった唐や隋の「正史」に倣って作られたもの。従って、その生命と意味が当時の律令制時代に限定されるものだ。永遠の聖書でも歴史書でもない。

 投稿者:青トマト  投稿日:2021年12月23日(木)03時08分14秒
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  「正史」。この中国大陸の各時代に作られた王朝歴史書の意味するところは調べて頂きたいものではあるが、

王朝の権威ずけのものでもありました。王朝の必要により作られました。

大日本帝国憲法が、敗戦により意味と生命を失いました。

今では、この憲法は無意味となっています。

解りやすく理解に役立てて頂きたくて大日本帝国憲法を例に出したのです。

古代律令制は隋と唐に倣って整えたものであり、唐の衰退後に日本も律令体制は矛盾が激しくなり維持出来なくなり消滅して行きました。

この古代律令制の時代に、その体制に取っての体裁整えや国民支配に必要なものとして作られたのであり、後世に「正史であり同時に偽史である」とさえ評価されているのです。

古事記も正史扱いされたものではありませんが日本書紀に先立つものとして必要性に駆られて作られたものでしょう。

日本書紀も古事記も道徳書としての性格も倫理書としての性格も原理書としての性格も備えておらず、天皇の意味するものを説いてもいないのです。

ところが、この書物が古事記と並んで、江戸時代以降にまるで日本の聖書であるかのごとき扱いを受けて、それが一部において現在まで続いているには理由があります。

私は先の投稿で、律令体制に先立つ豪族連合体制に注目してほしいと書きました。

律令体制により始めて日本が統一体制を確立したとは考えないからです。

一時期の律令体制が衰退して滅びましたが、中国のように王朝がいくつも交替するという歴史を日本は歩まず、天皇は存続する一方で国内政治を統治する体制が幾つも交替するという歩み方をしてきました。

それにより、中国のように王朝の作った正史が王朝の為のものであったとの認識が生まれず、古事記が江戸時代に発掘再評価された事により日本書紀もその後の見解が必要以上の評価を行い、歴史的限定性を認識しない事情を産み出したと考えられます。

天皇の永続的生命性と、律令体制時代の一時期的生命による日本書紀や古事記やその他の書物とは、直接的関係はありません。距離が離れているのですよ。ところが、この二書を天皇と一体であると思い違いの認識をしたのです。してきているのです一部の人達は。二書で天皇を理解し認識しようとするのです。一体と考えるから、こうなる。

「天皇が永遠だから日本書紀と古事記も永遠の生命を持つ」と考えたら、それは誤りなのです。

仏教の扱いも日本はよく似ていて、律令体制において渡来したものを何時までも後生大事に扱っています。

正史も仏教も外国において必要とされて発生したものであり、外国では生命が終って廃れるものなのですが、日本人は自分が作ったものではないので、本当の意味を知らず探ろうともしないので、何時までもお宝扱いをしているのです。

お人よしは結構ですが、これでは何時までも知的進歩が望めないと知るべきです。

日本人は島国のハンディーを脱しなければなりません。
 

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